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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9552号 判決

原告 株式会社昭和螺旋管製作所

被告 株式会社ニツソウ 外一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金八一三万円とこれに対する昭和四八年一二月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

一  申立

(一)  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金九六三万円とこれに対する昭和四八年一二月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

二  主張

(一)  請求原因

1  被告会社は、いずれも原告振出名義の別紙目録記載の約束手形一三通(金額合計一、九〇〇万円、以下「本件手形」という。)の所持人として、

(1)  本件手形をいずれもその支払呈示期間内に、支払場所である株式会社第一銀行志村支店に呈示した。

(2)  東京地方裁判所において、原告を債務者として、

(イ) 昭和四二年八月一日、別紙目録記載(1) の約束手形の手形金一〇〇万円を請求債権とし(同年(ヨ)第八二七五号)

(ロ) 同年九月二三日、同(2) の約束手形の手形金一五〇万円を請求債権とし(同年(ヨ)第九九九〇号)

(ハ) 同年一一月二〇日、同(3) ないし(6) の約束手形の手形金合計六〇〇万円を請求債権とし(同年(ヨ)第一一一三〇号)

(ニ) 昭和四四年三月五日、同(7) ないし(12)の約束手形の手形金合計九〇〇万円を請求債権とし(同年(ヨ)第一〇五三号)

(ホ) 同日、同(13)の約束手形の手形金一五〇万円を請求債権とし(同年(ヨ)第一〇五四号)

有体動産仮差押命令(但し、(ニ)は後記3(1) の異議申立提供金の預託金返還請求権に対する債権仮差押命令)を得たうえ、それぞれその発令日に仮差押を執行した。そして、右(イ)、(ロ)及び(ハ)の仮差押命令のうち(イ)につき四七万三六八五円、(ロ)につき七一万〇五二七円、(ハ)につき二八四万二一〇六円の部分について昭和四三年一二月二六日(東京地方裁判所同年(モ)第九〇五号、九〇八号、九〇九号)、残額について昭和四六年一月一九日(東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第二九七五号、昭和四四年(ネ)第四〇号)、右(ニ)及び(ホ)の仮差押命令につき昭和四六年九月二九日(東京地方裁判所同年(モ)第八七九三号、九一九五号)、各仮差押命令を取り消す旨の仮執行宣言付判決が言渡され、右各判決は、確定した。

(3)  昭和四二年から昭和四四年にかけて、原告を相手どり、東京地方裁判所に本件手形の手形金請求訴訟(昭和四二年(手ワ)第三六七八号、四八六八号、昭和四三年(ワ)第一〇二九号及び昭和四四年(ワ)第三三五七号。のちに併合せられた。)を提起し、請求棄却の判決を受けても、さらに東京高等裁判所に控訴(昭和四六年(ネ)第九四六号)した。しかし控訴棄却の判決があり、右判決は、昭和四八年六月一六日確定した。

2  被告会社の前項の各所為は、いずれも被告中山がその代表者としてなしたものであるところ、被告中山は、本件手形が振出権限のある者によつて振り出された手形ではなく、これを取得しても原告に対する手形上の権利を取得しえないことを知りながら、訴外金井明男から被告会社のために無償で譲り受け、被告会社が本件手形を所持することとなつたのを奇貨として、あえて支払呈示、仮差押、手形金請求訴訟に及んだものである。したがつて、被告中山が被告会社の代表者としてなした前項の各所為は違法であり、これによつて原告に生じた損害を、被告中山は民法第七〇九条により、被告会社は同法第四四条により、原告に賠償する義務がある。

3  被告中山のなした前記不法行為により原告に生じた損害は、次のとおりである。

(1)  異議申立提供金の預託による損害

原告は、前記1(1) の各呈示に対し、いずれも支払いを拒絶したが、右各支払拒絶による不渡処分を免れるため、呈示の都度当該約束手形の手形金額と同額の金員を異議申立提供金の資金として訴外株式会社第一銀行に預託するのやむなきに至つた(但し、別紙目録(13)の約束手形に対する分を除く。)。そして、右預託金のうち、別紙目録(6) ないし(11)の手形に対する分については、その返還請求権に対する前記1(2) (ニ)の仮差押命令を取り消す旨の仮執行宣言付判決の言渡された同年九月二九日まで預託の必要性が継続したというべきである。したがつて、原告は、右預託金のうち、別紙目録(6) ないし(11)の手形に対する分の合計九〇〇万円を運用できなかつたことにより、少なくとも、これに対する昭和四三年五月二五日から昭和四六年九月二九日まで民事法定利率年五分の割合による利息相当額の損害をこうむつたというべきであり、その合計額は、一五〇万八、〇〇〇円を下らない。

(2)  仮差押解放金の供託による損害

原告は、前記1(2) の各有体動産仮差押命令(同(ニ)の債権仮差押を含まない。)の執行を免れるため、それぞれ仮差押命令の発せられた日にその請求債権額相当の仮差押解放金を供託するのやむなきに至つた。そして、右供託の必要性は、前記1(2) の仮差押命令取消の各仮執行宣言付判決言渡の日まで継続したというべきである。したがつて、原告は、右供託金のうち、八五〇万円((イ)、(ロ)及び(ハ)の仮差押に対する解放金の合計額)を運用できなかつたことにより、少なくとも、これに対する昭和四二年一一月二〇日から昭和四三年一二月二六日まで四四七万三、〇〇〇円((イ)、(ロ)及び(ハ)に対する解放金の一部)については、これに対する同月二七日から昭和四六年一月二九日まで、一五〇万円((ホ)に対する解放金額)については、これに対する昭和四四年三月三日から昭和四六年九月二九日まで、いずれも民事法定利率年五分から供託金に対する利率年二分四厘を差し引いた年二分六厘の割合による損害をこうむつたというべきであり、その合計額は五八万八、〇〇〇円を下らない。

(3)  弁護士費用

原告は前記1(3) の約束手形金請求訴訟に応訴するとともに、同(2) の各仮差押命令に対する異議又は取消訴訟を提起するため弁護士中田長四郎に訴訟委任をし、その費用として二五四万円を昭和四六年四月八日までに支払つた。

(4)  信用上の損害

原告は螺旋管の製造販売を業とし、金属、機械、化学、運輸、電気、ガスなどの各部門の大会社を相手に年商約二億円の実績をあげていたが、前記異議申立提供金の預託及び仮差押解放金の供託のため、一時は三、〇〇〇万円に達する資金の凍結を受け、営業上いちじるしく信用を害せられた。その損害額は五〇〇万円を下らない。

4  よつて原告は被告らに対し、前記3(1) (2) の損害金合計二〇九万六〇〇〇円のうち二〇九万円と、同(3) (4) の損害金計七五四万円との合計九六三万円及びこれに対する各損害発生後である昭和四八年一二月二日(訴状送達の翌日)から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

(二)  請求原因に対する認否

1  請求原因1(2) (3) の事実は認める。

2  同2の事実中、被告会社が本件手形を金井明男から取得したことは認めるが、その際、振出権限のない者によつて振り出されたことを知つていたとの点及び無償で譲り受けたとの点は否認する。被告会社は、手形を取得した際、振出人たる原告の決算書、経歴書および原告代表者の印鑑証明書等の交付を受けて、振出の真正を確認するなどの調査を尽しており、悪意の取得者ではない。

3  同3の事実は、(3) のうち原告が中田弁護士に訴訟委任をしたことのみを認め、その余の事実はすべて知らない。

(三)  抗弁(過失相殺)

本件手形は、いずれも原告の手形振出業務を含む経理の責任者である訴外作田清彦の偽造にかかるものであるところ、原告は、右訴外人が原告の手形用紙及び代表者印を盗用して手形を作成することのないよう監督すべき注意義務があるというべきである。しかるに、原告は、漫然と右注意義務を怠つたため、右訴外人が原告代表者印を手形用紙に盗捺してこれを流通に置いたのであるから、右原告の過失は、損害賠償額の決定につき斟酌されるべきである。

(四)  抗弁に対する認否

抗弁については争う。

三  立証〈省略〉

理由

一(一)  請求原因1(2) (3) の事実は、当事者間に争いがない。同(1) の事実及び2のうち当時被告会社の代表者であつた被告中山が、原告主張の被告会社の各所為をした事実は、被告らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

(二)1  原本の存在と成立について争いがない甲第九号証の一、第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第五号証(一部)並びに原告代表者本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  本件手形は、いずれも訴外作田清彦が昭和四二年五月一二日、当時の原告代表取締役梅田林之助名義で振り出した。

(2)  右清彦は、右振出当時、原告に会計係として勤務し、手形の振出についても、上司の作田隆弥専務取締役(清彦の叔父)の命を受けて、手形用紙に必要事項を記入するという補助的な事務に従事していたが、その振出権限は与えられておらず、代表者印の保管、押捺をする権限もなかつた。

(3)  右清彦は、作田専務をはじめ原告関係者に秘して、訴外市川某らとともに設立していた清和通信機株式会社の資金繰りに窮したところから、原告の取引銀行である第一銀行に印鑑証明書を提出する必要があると偽つて、作田専務から原告代表者印を預つたうえ、これを冒用して、本件手形を含む約束手形一四通(金額合計二、〇〇〇万円。受取人は、いずれも右清和通信機。)を偽造し、これを清和通信機の債権者である三和物産株式会社に交付した。

乙第五号証中、右認定に反する部分は、信用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によれば、本件手形は、振出権限のない者によつて振り出された偽造手形といわねばならない。

2  そこで、進んで、本件手形が偽造であり、被告会社が手形上の権利を取得しえないことを被告中山が知つていたか否かについて検討する。

(1)  証人金井明男の証言により真正に成立したと認める甲第八号証によると、被告中山は、本件手形の譲渡人である金井明男に対し、対価を支払つていないことが認められる。もつとも、各原本の存在と成立について争いがない甲第一〇号証の一、二、第一二、第一三号証の各記載及び証人金井明男、被告中山本人の各供述には、被告中山が昭和四二年五月下旬ころ、金井明男に割引料を支払つて本件手形を取得したとの部分がある。しかし、右甲第一〇号証の一(被告中山の司法警察員に対する供述調書)と右甲第一〇号証の二(被告中山の別件における本人調書)及び被告中山本人の供述との間には、割引料の額、ひいてはその決済方法に関して重要なくいちがいがあり、しかも被告中山本人は警察で述べたことを覚えていないと答えるのみで、右くいちがいを生じたことにつき首肯すべき理由を見出すことのできる証拠はない。また、被告中山本人は、割引料として金井明男に支払つたという一、〇〇〇万円の金員が被告会社のものか、同じ事務所を使用する訴外東洋実業株式会社のものかすら判然と答えることができなかつたのである。一方、甲第一二号証(金井明男の別件における証人調書)及び証人金井明男の供述によると、金井明男は、被告中山から受取つた割引料一、〇〇〇万円を全部自己の事業資金等に費消してしまつたというのであるが、その使途を具体的に明確にしうる証拠は全くなく、前示甲第九号証の二によると、割引料が支払われたという日の直後に金井明男の主宰する瑞穂化学株式会社が倒産していることを認めることができる。以上によると、前示甲第一〇号証の一、二、第一二号証の各記載部分及び証人金井明男、被告中山本人の各供述部分は到底信用することができず、かえつて、割引料授受の事実は存在しなかつたのではないかとの疑いを強く懐かせるものとすらいえなくはない。甲第八号証の作成経緯に関する甲第一二号証の記載及び証人金井明男の供述も、当裁判所を首肯させるに足りるものではなく、甲第一三号証もまた採用することができないものというべきである。他に、被告中山が本件手形の対価を支払つていないとの前示認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  前記甲第一〇号証の一、二、第一二、第一三号証、並びに証人金井明男の証言及び被告中山本人尋問の結果の各一部を総合すると、被告中山は、金井明男から本件各手形を取得した際、同人から、原告が子会社の清和通信機の新規開拓事業資金として本件手形を振り出した旨の説明を受けたこと、しかし、金井明男がこれを取得した経緯については納得すべき説明がなかつたこと、被告中山は、それ以上に原告と清和通信機の関係や原告の振出に至る経緯、金井明男の取得の経緯等を調査することもなく、これまで前記瑞穂化学のために割り引いたこともない原告振出の手形を漫然と受け取つたこと、しかも、本件手形は、満期が前後一年余と著しく長期にわたり、金額も瑞穂化学との従前の取引額に比して著しく高額であること、さらに、原告にはかなり信用があること、瑞穂化学は、その当時倒産にひんしていたこと、以上の事実を認めることができる。証人金井明男及び被告中山本人の各供述中、右認定に反する部分は、たやすく信用することができず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(3)  以上の事実を総合すると、被告中山は、既に本件手形の取得の際に原告に対する手形上の権利を取得しえないことを知つていた、と推認するのが相当というべきである。

(三)  すると、被告中山の前記支払呈示、訴訟の提起及び追行並びに仮差押執行は、いずれも、被告会社の代表者である被告中山が、原告に対する手形上の権利を有しないことを知りながら、その職務を行うにつきなした違法な行為というべく、被告らはこれによつて原告に加えた損害を連帯して賠償する義務がある。

二  そこで、原告の受けた損害について検討する。

(一)  異議申立提供金の預託による損害について

成立に争いがない甲第一四号証の二及び原告代表者本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によると、原告は、別紙目録(6) ないし(11)の約束手形の各呈示に対し、いずれも支払いを拒絶したこと、支払拒絶による不渡処分を免れるため、各満期のころ、支払場所である株式会社第一銀行志村支店に異議申立を依頼し、右訴外銀行の異議申立提供金の資金として、いずれも一五〇万円宛(合計九〇〇万円)を同銀行に預託したことを認めることができ、原告の同銀行に対する右各預託金返還請求権に対する仮差押命令が昭和四四年三月五日に発せられ、昭和四六年九月二九日、これを取り消す旨の仮執行宣言付判決が言渡されたことは、前示のとおり当事者間に争いがない。また、不渡届に対する異議申立は、最大限交換日から数えて五日目の営業時限までなしうること、並びに右提供金には利息が付せられないことは顕著な事実である。

原告の右各預託は、原告が不渡処分による損害を避けるためのやむをえない措置というべきであるから、原告は、右各預託の必要性が継続する間、預託金を利用しえなかつたことによる得べかりし利益を前記違法呈示と相当因果関係に立つ損害として被告らに請求することができ、その額は民事法定利率の年五分の割合によつて算定するのが相当である。そして、本件の場合、右各預託の必要性継続の期間は、前記各手形の支払呈示期間の最終日(呈示期間内のどの日に呈示されたかの主張立証はない。)から数えて五日目の日に始まり、前記仮差押決定取消の仮執行宣言付判決言渡の日に至るものと解すべきである。すると、(6) ないし(10)の手形については各預託の日以後にして、原告の主張する日以後でもある昭和四三年五月二五日から、(11)の手形については同年六月一日から(同年五月二六日は日曜日)から、いずれも昭和四六年九月二六日まで預託の必要性が継続していたことは明らかであり、右期間中の各一五〇万円の元本に対する年五分の割合による損害金の額は、計数上一五〇万二、二五三円となる(別紙計算書〔I〕参照)。

(二)  仮差押解放金の供託による損害について

原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、請求原因1(2) のとおり、昭和四二年八月一日から昭和四四年三月五日までの間四回にわたつて行われた有体動産の仮差押の執行は、いずれも原告の受注生産にかかる製品又は半製品のみを選んで行われたこと、そこで、原告は、注文主の信用を維持し、また契約不履行責任による損害の発生を防止するため、やむなく、各仮差押執行の二日くらい後に、各請求債権額と同額の仮差押解放金を供託したことが認められ、原告の右解放金の供託は、右仮差押執行を放置することにより原告に生ずべかりし損害を未然に回避するための必要かつやむをえない手段として是認しうる措置というべきであり、右供託の必要性は、(イ)及び(ロ)の仮差押については少なくとも右各供託の日(仮差押執行の二日後)以後にして、原告の主張する日以後でもある昭和四二年一一月二〇日から、(ハ)の仮差押については同月二三日から、(ホ)の仮差押については昭和四四年三月八日から、右仮差押決定取消の各仮執行宣言付判決言渡の日(右(イ)のうち四七万三六八五円、右(ロ)のうち七一万〇五二七円、右(ハ)のうち二八四万二一〇六円については、昭和四三年一二月二六日、右(イ)ないし(ハ)の各残額については、昭和四六年一月一九日右(ホ)については、同年九月二九日)まで継続していたものというべきである。そして、原告が右期間を通じ供託金を利用しえなかつたことにより失つた得べかりし利益は、前記不当執行と相当因果関係に立つ損害と考えるべきであるところ、その損害額は、民事法定利率年五分から供託法所定の年二分四厘の割合による利息(受入及び払渡の月及び一、〇〇〇円未満の端数には付せられない。)を差し引いた額と解するのが相当である。そして、本件においては、その額が原告主張の五八万八、〇〇〇円を下らないことは計算上明らかである。(別紙計算書〔II〕参照)。

(三)  弁護士費用について

原告が請求原因1(2) の各仮差押異議事件及び同取消申立を提起、追行し、かつ同(3) の訴訟に応訴するために、弁護士に訴訟委任をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第六号証によると、右各訴訟にあたり原告が所期の結果を得るためには、本件各手形の偽造の有無、表見法理の可否その他多岐多様にわたる争点について適時適正な攻防を尽くす必要のあつたことが認められ、原告が不当な仮差押命令の可及的速やかな取消しを求めるため仮差押異議又は仮差押取消訴訟を提起し、あるいは不法訴訟に応訴するために専門的知識を有する弁護士に訴訟委任をしたことによる弁護士費用の支出は、被告中山の不法訴訟及び不当仮差押と相当因果関係にある損害というべきである。

原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和四八年一二月一日までに、中田弁護士に弁護士費用二五四万円を支払つたものと認められ、右金額は、前記甲第一ないし第六号証、第九号証の一、二、第一〇号証の二、第一一ないし一三号証により認められる事実、すなわち、右各訴訟の訴額合計が三、八〇〇万円にのぼり、いずれも控訴審でも審判されていること、ならびに右各訴訟には前記作田清彦の権限、被告会社の割引料支払いの有無を含む機微にわたる内容を含むものであることに鑑み、弁護士費用として相当な額を超えるものではなく、被告らは、原告に対し、右支出による二五四万円の損害を賠償する義務があるといわねばならない。

(四)  信用上の損害について

前記甲第九号証の一、二、成立に争いがない乙第三号証及び原告代表者本人尋問の結果によると、原告は、本件当時年商二億円程度の螺旋管製造販売を目的とする株式会社であること、前記仮差押の解放金及び異議申立提供金の資金として一時は二、六〇〇万円の凍結を余儀なくされたこと、右資金の調達は、金融機関からの融資では足りず、個人からも金員を借り入れていること、原告の資産状態に比し、右凍結額は過大であり、その円滑な営業を継続することが困難であつたこと、仮差押を受けたため、さほど大口の取引先ではなかつたとはいえ、常盤金属工業外二、三社から一時取引を停止され、従業員にも動揺するものがあつて七、八名の退職者も出たこと、を認めることができ、右信用上の損害も被告らの前記不法行為と因果関係に立つというべきであり、これを金銭をもつて評価すると、三五〇万円をもつて相当とする。

三  最後に、過失相殺の抗弁について判断する。

過失相殺が故意に基づく加害行為についても適用される余地のあることは、もとより否定すべきではないが、衡平・妥当な損害額の分担を図るべき右制度の調整的機能からすれば、その適用の範囲及び程度は、加害者と被害者の結果への寄与度、換言すれば社会観念上課せられた義務違反の有無と程度を衡量して決すべきものと解するのが相当である。本件の場合には、前認定の諸事実に照らすと、抗弁事実のみをもつてしては、まだ損害賠償額の決定につき斟酌されるべき過失があつたとすることはできず、他にこの判断を左右する証拠もない。被告の過失相殺の主張は、理由がない。

四  よつて、原告の本訴請求は、前記不法行為に基づく損害金のうち前記二(一)の一五〇万二、二五三円と(二)の五八万八、〇〇〇円の計二〇九万〇、二五三円のうち二〇九万円及び(三)の二五四万円、(四)の三五〇万円の合計八一三万円並びにこれに対する各損害発生後である昭和四八年一二月二日(訴状送達の翌日であること記録上明白)から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を被告らに連帯して支払いを求める限度において理由があるからこれを認容することとし、その余は、失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩 比嘉正幸 園部秀穂)

(別紙)目録〈省略〉

(別紙)計算書〈省略〉

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